大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成3年(行ウ)40号 判決

原告

倉橋克実

右訴訟代理人弁護士

浅井岩根

井口浩治

佐久間信司

新海聡

杉浦英樹

杉浦龍至

鈴木良明

滝田誠一

竹内浩史

西野昭雄

橋本修三

福島啓氏

山田秀樹

被告

愛知県知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

後藤武夫

右指定代理人

小出茂樹

外七名

主文

一  被告が原告に対し平成二年八月二日付けで現金出納簿についてした非公開決定(平成三年九月一二日付け決定により一部取り消された後のもの)のうち、別紙(2)「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六に係る支出情報部分(「年月日」、「摘要」、及び「払」の各欄を合わせた各横一行)を非公開とした部分を取り消す。

二  被告が原告に対し平成三年九月一二日付けで領収証等の支払証拠書類についてした非公開決定のうち、交際の相手方以外の者が発行した領収書を非公開とした部分を取り消す。

三  本件訴え中、平成二年八月二日付けで領収証等の支払証拠書類についてされた非公開決定の取消請求に係る部分を却下する。

四  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  原告

1  被告が原告に対し平成二年八月二日付けで現金出納簿についてした非公開決定(平成三年九月一二日付け決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2(一)  主位的請求

被告が原告に対し平成二年八月二日付けで領収証等の支払証拠書類についてした非公開決定を取り消す。

(二)  予備的請求

被告が原告に対し平成三年九月一二日付けで領収証等の支払証拠書類についてした非公開決定を取り消す。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

1(一)  主文第三項と同趣旨

(二)  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が愛知県公文書公開条例(以下「本件条例」という。)に基づいてした知事交際費に関する公文書の公開請求に対し、被告がその一部について非公開とする決定をしたため、原告がその取消しを求めた事案である。

二  前提となる事実等

1  本件条例には、次の条項が含まれている。

(目的)

第一条 この条例は、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、開かれた県政を推進し、もって県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進することを目的とする。

(定義)

第二条 この条例において「実施機関」とは、知事、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員、地方労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会及び公営企業管理者をいう。

2  この条例において「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及びスライド(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁、閲覧等の手続が終了し、実施機関が管理しているものをいう。

3  この条例において「公文書の公開」とは、実施機関が、この条例の定めるところにより、公文書を閲覧に供し、又は公文書の写しを交付することをいう。

(解釈及び運用の基本)

第三条 実施機関は、本件条例の解釈及び運用に当たっては、県民の公文書の公開を請求する権利を十分尊重するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。

(公開をしないことができる公文書)

第六条 実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしないことができる。

一  略

二  個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

イ  法令又は条例に定めるところにより、何人でも閲覧することができるとされている情報

ロ  公表することを目的としている情報

ハ  法令又は条例の規定に基づく許可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの

三  法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

イ  事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、公開することが必要であると認められる情報

ロ  違法又は著しく不当な事業活動によって生ずる支障から人の生活を保護するために、公開することが必要であると認められる情報

四ないし八 略

九 監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価格、試験の問題及び採点基準その他県又は国等の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業若しくは同種の事務事業の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれのあるもの

2 実施機関は、公文書に前項各号のいずれかに該当する情報とそれ以外の情報とが併せて記録されている場合において、当該該当する情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に分離することができ、かつ、その分離により公文書の公開の請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときは、右条項の規定にかかわらず、当該該当する情報に係る部分を除いて、公文書の公開をしなければならない。

(公文書の公開の実施)

第九条 実施機関は、前条第一項の規定に基づき公文書の公開をする旨の決定をしたとき、又は第七条ただし書に規定する公文書に係る請求があったときは、速やかに、請求をしたものに対し、当該公文書の公開をしなければならない。

1 前項の規定にかかわらず、実施機関は、公文書の公開をすることにより、当該公文書が汚損され、又は破損されるおそれのあるとき、第六条第二項の規定に該当するとき、その他相当の理由があるときは、当該公文書の写しを閲覧に供し、又はその写しを交付することができる。

2 原告は、平成二年七月一九日、被告に対し、本件条例七条に基づき、所定の公文書公開請求書の「請求しようとする公文書の内容又は題名」欄に「平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの県知事交際費の使途についての細目を記載した一切の文書」と記載し、「請求の目的」欄に「県知事の交際費が適正に支出されているか調査するため(詳細は別紙要望書のとおり)」と記載して公文書の公開を請求した(乙二。以下、この請求を「本件公開請求」という。)。

なお、愛知県財務規則(以下「財務規則」という。)七六条は、資金前渡員は、資金前渡金の精算に当たり、出納長又は出納員に提出する資金前渡金精算書にその支払に係る証拠書類を添付すべきものとしており(乙一一)、昭和四一年三月三〇日付け総務部長通知(昭和四一・三・三〇、四一会号外。以下「総務部長通知」という。)においては、交際費の支払に対する領収書(その性質上領収書を微収しがたいときは、支払証明書により処理すること。)については、一括資金前渡員において保管するものとし、支出の目的、支出金額、相手方等を明らかにできるよう別途整理しておくものとされている(乙一二)。

そして、本件公開請求の対象である公文書に交際費の支払に係る証拠書類が含まれていたかどうかについては争いがある。

3 被告は、対象公文書を右期間中の知事交際費に係る支出金調書、資金前渡金精算書及び現金出納簿(以下「本件現金出納簿」という。)とした上、平成二年八月二日付けで同期間中の知事交際費に係る支出金調書及び資金前渡金精算書を公開したが、本件現金出納簿については、本件条例六条一項二号、三号、九号に該当するとして非公開とする旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

その際、右期間中の証拠書類(以下「本件証拠書類」といい、そのうち、領収書を「本件領収書」、支払証明書を「本件支払証明書」という。)についても非公開決定がされたか否かについては争いがある。

4 原告は本件処分を不服として被告に対し異議申立てをしたところ、被告は、これに対し、平成三年九月一二日付けで、次の内容の決定(以下「本件異議決定」という。)をした。

(一) 本件現金出納簿を非公開とした本件処分のうち、次の(1)及び(2)の部分以外の部分を取り消して公開する。

(1) 交際費の支出項目の種別のうち香料及び祝い金については、摘要欄中に記録された支出の相手方、支出項目の細目及び知事・副知事の別並びに支出金額

(2) 交際費の支出項目の種別のうち香料及び祝い金以外については、摘要欄中に記録された支出の相手方並びに支出項目の細目及び種別

(二) 本件証拠書類については、公文書公開請求の対象となる公文書であるが公開しない。

(三) 本件異議申立てのその余の部分は棄却する。

5 知事の交際事務及び交際費の内容

(一) 被告又は副知事の行う交際事務は、それ自体として儀礼的側面を有するものであるが、それに止まらず、その儀礼を通じて、被告又は副知事が県の代表者として広範かつ多数の関係者と交際を通じて良好な関係を形成・維持することにより、県の事務事業の円滑な執行を確保し、ひいては県民全体の利益を図ることを目的として実施されるものである。交際事務の内容は、式典、行事その他の各種会合等への出席、慶弔事案の処理、懇談、接遇、挨拶などであり、交際事務の相手方は、県内各分野の様々な団体や個人から国の関係者、他県の関係者、他国の関係者にわたる。そして、交際費を支出するかどうか及びその支出金額をいくらにするかは、相手方の地位、相手方と県との関わりの深浅、相手方と県との緊密度、相手方の県行政に対する貢献度などを考慮して、知事、副知事の裁量により決定されている(証人伊藤敏雄(第一回)、弁論の全趣旨)。

(二) 知事交際費は、右(一)の目的のために支出されるものであるが、その支出は、経費の性質上即時に現金支払をする必要があるため、資金前渡の方法によってされている(地方自治法二三二条の五第二項、同法施行令一六一条一項、財務規則七〇条一項)。実際には、資金前渡員に指定された秘書課長が予算の範囲内において、出納長から毎月初めに支出見込金額に相当する現金の前渡しを受けてこれを管理し、必要に応じて支出を行い、月末には資金前渡金精算書により毎月の支出額の精算を行い、残額があれば翌月に繰り越し、年度終了時に精算して残額があればこれを出納長に返納している(乙一一、証人伊藤敏雄(第一回)、弁論の全趣旨)。

6 本件現金出納簿の内容

(一)(1) 本件現金出納簿は、交際費についての毎月の収支を整理したものであって、財務規則一八一条二項により資金前渡員が作成することとされている様式化された帳簿であり、「年月日」、「摘要」、「受」、「払」、「残」の各欄からなっている。具体的な記帳方法は、別紙(1)のとおりであり、「年月日」欄には入金又は支出の年月日を、「摘要」欄には入金の場合には資金前渡の事実を、支出の場合には支出の相手方(氏名、役職、団体名等。「○○○課○○○」、「○○○会理事長○○○」など。)、支出項目の細目(「実父葬」「実母葬」など)及び種別(香料、祝い金等)並びに知事・副知事の別((知)、(○○)と記載し、(知)は知事名での支出を示し、(○○)の○○は副知事名を記入し、同副知事名での支出を示す。この記載のない場合はすべて知事の支出を表す。)を、「受」欄には毎月の資金前渡金額を、「払」欄には支出金額を、「残」欄には日ごとの差引残額をそれぞれ記入する(甲三、乙二一、証人伊藤敏雄(第一回)、弁論の全趣旨)。

(2) 支出項目の種別は、次のように区分される(乙九、証人伊藤敏雄(第一回)、弁論の全趣旨)。

① 香料

交際の関係者及び県職員の本人又はその家族が死亡した場合に支出したものである。

② 祝い金

受賞、叙勲、就任等の祝賀会、総会・講演会・セミナー等の各種大会、出版記念会・パーティー等の諸会合に出席した際の祝い金又は祝い品購入金であり、支出の相手方には、個人と団体がある。

③ 会費

知事又は副知事が構成員となっている各種団体の年会費及び当該団体の会合、関係者との懇談会・懇親会に出席した際の会費・分担金等の諸費用等である。

④ せん別

関係者の転任・退職・海外渡航に際して支出したものであり、支出の相手方には個人と団体とがある。

⑤ 賛助金

県が協賛した会議・記念誌刊行事業、追悼会等のために支出したものである。

⑥ その他

県の関係者の病気、出火等に際して支出した見舞金、遺児育英資金のほか、スポーツ振興等の激励金及び謝礼金である。

(二) 本件証拠書類の内容

本件証拠書類には、交際費の支出に伴い、支払先から直接所得した本件領収書と、領収書が微収できない場合に作成された本件支払証明書がある、本件領収書の様式は定まっていないが、支払の相手方(発行者)、支払年月日、支払の金額等が記載されており、本件支払証明書については、本件現金出納簿に記載されている内容が記載されている(乙一二、二七、証人伊藤敏雄(第一、第二回)、弁論の全趣旨)。

三  本案前の争点(本件証拠書類について平成二年八月二日付けでされた非公開処分の取消しを求める訴えの適否)。

1  被告の主張

(一) 原告から本件公開請求書を受け取った愛知県県民サービスセンター(以下「県民サービスセンター」という。)では、担当者が対象公文書特定のため原告と応対した際、原告から本件証拠書類が対象公文書に含まれている旨の発言はなく、また、原告の面前で本件公開請求書の備考欄に「支出金出納簿、資金前渡金精算書、現金出納簿」との記載をし、かつ、その写しをその場で原告に交付したにもかかわらず、原告から異議等の申出が一切なかったため、本件証拠書類は対象公文書中に含まれていないと理解したものである。また、原告は県民サービスセンターに本件公開請求書とともに提出した要望書において、本件公開請求は愛知県知事の交際費支出の適・不適を調査するための手始めであるとし、今回は県知事交際費の使途についての細目を記載した文書の公開を求めたものであるとしている。

したがって、原告は、本件公開請求によって、交際費の使途の適否を判断するためにその使途の細目の記載された文書の公開を求めたものであって、その使途を記載した文書の内容の真偽をチェックするための本件証拠書類の公開までも求めたものではなかったというべきである。

(二) 右に述べたとおり、本件証拠書類については、本件公開請求の対象公文書中に含まれていないものと理解されたため、本件処分時点においては、本件証拠書類について本件条例八条一項の非公開決定はされていない。

(三) したがって、本件訴え中、本件証拠書類について平成二年八月二日付けで非公開決定がされたとして、その取消しを求める請求に係る部分は不適法である。

2  原告の主張

(一) 原告が平成二年七月一九日に提出した公文書公開請求書(以下「本件公開請求書」という。)の「請求しようとする公文書の内容又は題名」欄には、「平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの県知事交際費の使途についての細目を記載した一切の文書」と記載されており、対象公文書は、「支出金出納簿、資金前渡金精算書、現金出納簿」の三種に限定されていない。本件証拠書類が本件条例にいう公文書である以上、右の「一切の文書」の中に本件証拠書類が含まれることは明らかである。

本件公開請求書の「公文書の題名」欄には、「知事交際費に係る支出金調書、知事交際費に係る資金前渡金精算書、知事交際費に係る現金出納簿(以下いずれも平成元年四月〜二年三月)」と記入されているが、これらは、県庁の窓口担当者が請求書を受け取ってから、担当課である秘書課に連絡をとり、その指示に基づいて記入したものであって、これにより原告が公開を求めた文書の範囲が限定されてしまう理由は全くない。

(二) 原告が公開を求めた文書に本件証拠書類が含まれる以上、平成二年八月二日付けの非公開決定通知書に本件証拠書類が記載されていなくても、実質的には本件証拠書類は公文書に含まれず公開しないとの被告の判断に基づく非公開決定がされていると解すべきである。

(三) したがって、本件訴え中、本件証拠書類につき平成二年八月二日付けでされた非公開決定の取消しを求める請求に係る部分は適法である。

四  本案の争点

1  本件現金出納簿は、本件条例六条一項の公開しないことができる公文書に該当するか。

(一) 原告の主張

(1) 情報公開請求権の性質及び非公開条項の解釈

公権力に対して情報の公開を請求する積極的情報収集権は抽象的には憲法二一条に「表現の自由はこれを保障する」と規定されていることからも憲法上の権利であることは多言を要しない。主権者である国民が国民の知る権利に基づき行政に関する一切の事項を常に把握し、政治的判断を自ら下すために必要な情報を得ることは憲法の基本原理である民主主義の当然の帰結である。

本件条例が一条において目的を定め、一七条において「実施機関は、県政に関する正確で、かつ、わかりやすい情報を県民に積極的に提供することに努めなければならない」と規定しているのは、憲法上の権利として確立した国民の基本的人権である情報公開請求権を具体的に定めたものにほかならない。

このような前提に立つとき、非公開条項については、個人のプライバシー等の保護には最大限の保護を払いつつも、情報公開の趣旨に即し、厳格かつ限定的に解釈すべきである。

(2) 本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項九号該当性

① 九号の定める事務事業について

本件条例六条一項九号の例示する「監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価額、試験の問題及び採点基準」に係る事務事業は、いずれもこれらに関する情報が公開されれば、その目的が全く失われ、あるいは公正を著しく害しその円滑な執行に極めて大きな支障の生じることが明白なものばかりである。九号がこのような事務事業に関する情報をあえて例示したのは、県民の知る権利と行政執行上の利益とを比較衡量し、非公開にできる場合を例示された事務事業に関する情報が公開された場合に準じるような行政執行上の極めて大きな支障の発生が客観的に明白である場合に限定する趣旨である。したがって、「その他の事務事業」とは、右例示された事務事業と同質的な事務事業を指すものと解すべきである。

そして、本件で問題となっている祝儀、慶弔、懇談、せん別などのための支出に関する情報については、これを公開しても、右に準じるような行政執行上極めて大きな支障の発生することが客観的に明白であるとはいえないから、交際事務は、本号の「監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価額、試験の問題及び採点基準」に係る事務事業及びこれと同質な事務事業に該当しない。

② 本号に定める「おそれ」について

本号で規定する事務事業の公正・円滑な運営が害されるなどの「おそれ」の有無については、右(1)からして、保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか、利益侵害の程度が単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されているに過ぎないのか、危険が具体的に存在することが客観的に明白であるといえるか等を総合的に検討した上で判断されなければならない。特に本号に規定する「おそれ」という文言は、極めて抽象的で不明確であるから、その該当性の判断に当たっては、非公開とすることによる弊害の有無・程度、公開することによる有用性及び公益性をも考慮して、厳格かつ限定的に解釈すべきである。

そして知事の交際費に関する情報がすべて公開されても、本号の例示する事務事業に関する情報が公開された場合に準じるような支障を生ずるとは到底いえない。被告の主張するところの、交際費の使途・金額が明らかになることによって交際の相手方とならなかった者又は交際の相手方が抱くとする不満・不信は、大多数の良識ある人においては考えられないことであるし、そもそも、交際事務は、知事等が本来的に行わなければならない事務ではなく、関係者と良好な関係を形成維持して他の本来的に行うべき事務事業の円滑な執行を確保するための手段に過ぎないのであるから、「公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれ」の存否は、交際事務自体ではなく、それによって円滑な執行を確保しようとする本来の事務事業について考えるべきである。そして、本件現金出納簿の公開により、本来的な事務事業の執行にまで支障を生ずるような事態は想像できない。

③ 本号の「おそれ」の立証について

本号に該当するためには、本号の「おそれ」の存在について個別具体的に証拠によって立証されなければならないが、本件においてはその立証は何らされていない。

(3) 本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項二号該当性

① 前記(1)からすれば、本号は、県民の知る権利と個人のプライバシーの権利との比較衡量を想定した条項であって、「個人に関する情報」とは、「個人のプライバシーの権利を侵害する情報」と解釈すべきである。プライバシーの権利については、「私生活をみだりに公開されない権利」と定義され、その侵害に対して法的な救済が与えられるためには、公開された内容が、次の三要件を充足している必要があるというべきである。

イ 私生活上の事実又は事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること。

ロ 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないと認められる事柄であること。

ハ 一般の人々に未だ知られていない事柄であること。

ところで、本件現金出納簿は、特定の個人が識別され得る情報を含むが、公的立場にある知事との公的な交際の状況を記載した文書に過ぎず、そもそも個人の私生活上の事実を記載したものとはいえないし、また一般人の感受性を基準にして個人の立場に立った場合、公開を欲しない事柄の記載された文書であるともおよそいえない。

したがって、本件現金出納簿に記録された情報は、二号の「個人に関する情報」には該当しない。

② 仮に、「個人に関する情報」を無限定に解するとしても、本件現金出納簿については、次のとおり、二号ただし書ロあるいはハの解釈によってこれを公開すべきである。

a 二号ただし書ロの解釈において、「公にすることが慣行となっており、公表しても社会通念上、個人のプライバシーを侵害するおそれがないと認められる情報」がこの項目に該当することは、愛知県の作成した本件条例解釈運用基準にも明記されている。そして、特定の個人が被告から交際費を受け取ったという情報は、前記①のとおりおよそプライバシーを侵害するおそれのある情報とはいえない。また、右情報は、県民の監視により巨額の交際費の使途・配分につき公正、適切さを確保するという公益のため、公開することを慣行とすべきである。

したがって、本件現金出納簿に記載された情報は、二号ただし書ロに該当するというべきである。

b 二号ただし書ハの「許可、免許、届出等」は例示であり、知事交際費の支出も、法令又は条例に基づく手続に従ってされているという意味でそれに該当するから、右支出に際して実施機関が取得した本件現金出納簿に記録された情報は、本号ただし書ハの「情報」に該当すると解すべきである。そして、前記aのとおり、本件現金出納簿に記録された情報は、公開することが公益上必要であり、その公開によってプライバシーを侵害するおそれはないから、本号ただし書ハを適用して公開すべきである。

③ 仮に本件現金出納簿に記録された情報が二号に該当し、かつ、二号ただし書ロ及びハを適用できないとしても、香料及び祝い金については、支出年月日と支出項目の種別に加えて支出金額を公開しても特定の個人を識別できないことは明白であるし、せん別、その他についても、支出年月日、支出項目の種別だけから交際の相手方を特定することはおよそ不可能というべきであるら、結局、非公開とできるのは、個人を識別しうるもの、すなわち個人名の記載された部分だけであって、その余はすべて公開すべきである。

(4) 本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項三号該当性

被告から賛助金を受けることは当該団体にとって名誉なことであり、公開を欲するのが通常であって、到底事業活動上の秘密とはいえない。

また、被告が正当な利益を害すると主張するところは、全く根拠のない想像に過ぎないし、そもそも、公金を公私の団体に支出することには強度の制約が存するのであって、特に公の支配に属しない慈善、教育又は博愛の事業に対し公金を支出することは憲法八九条により禁止されているところであるから、どのような団体がどのような金額の公金の支払を受けているかは、公益上公開されなければならない情報である。したがって、賛助金に関する情報は、県民の監視により巨額の交際費の使途・配分につき公正、適切さを確保するという公益のために公開されるべきものであって、これに勝る団体の正当な利益など到底考えられないというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 公文書公開請求権の性質及び非公開条項の解釈

公文書公開請求権は、地方自治の場において県民の県政に対する知る権利を確立したものであり、間接的には憲法二一条の保障する国民の知る権利に奉仕するものであるが、本件条例五条一項が公文書の公開を請求することができる者を県民及び県内に事務所又は事業所を有する法人その他の団体に限っていることからも明らかなとおり、公文書公開請求権は、憲法二一条で保障された権利ではなく、あくまでも公正で開かれた県政の実現を目的として本件条例によって創設された権利であると解すべきである。したがって、本件条例の各規定の解釈は、本件条例の規定する文理及び趣旨に即してされるべきである。

(2) 本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項九号該当性

① 九号の定める事務事業について

九号における「その他県又は国の事務事業」とは、例示された事務事業のほか、県又は国等が行う一切の事務事業を意味するものであるところ、交際事務は、それ自体儀礼的側面を有するものであるが、その目的は、儀礼に止まるものではなく、その儀礼を通じて特別職である被告及び副知事が、県の代表者として、広範囲かつ多数の関係者と良好な関係を形成、維持することにより、県の事務事業の円滑な執行を確保し、ひいては県民全体の利益を図ることを目的として実施される事業であるから、それ自体本件条例六条一項九号所定の事務事業の一つとなり得るものである。

② 九号に定める「おそれ」について

イ 九号において用いられる「……おそれのあるもの」に該当するというためには、「おそれ」という文言の解釈からして、九号において定められているような内容の支障を生ぜしめる抽象的危険があれば足りるというべきである。

ロ 交際の事実を逐一公開することは、それ自体交際事務が持つ礼儀の趣旨に反するものであり、このことは公費による交際であっても同様である。

また、交際費支出の対象者の範囲及び交際費の支出金額には、客観的、社会的評価に加え、知事・副知事の主観的評価が多分に含まれているものであり、このような評価が明らかになると、第一に交際の対象者とならなかった者の不満・不信を呼び起こすし、第二に交際の対象となった者であっても、その金額ないし評価が、当該本人が同等の事案と考えている場合と対比して低いときにも同様の事態が生じ得る。更に、支出金額ないし評価が一般に同等の事案と考えられている場合よりも高いときには、交際の対象とならなかった者のみならず、同種の事案で交際の対象となった者の間にも、不満・不信等の念を抱かせることとなる。しかも知事・副知事が交際及び交際費支出の要否並びに支出金額を決定することの根拠とした事実は、周知のものばかりではないため、右事情を知らない広範囲の者は、必然的に知事・副知事の評価の妥当性に疑念を抱くこととなり、その不満・不信が一層助長されることも容易に推測し得る。そして、このような結果を招くこととなれば、交際事務を行うことにより、かえって関係者との友好、信頼関係を損ない、その理解と協力が得られなくなることは必至であるから、本件現金出納簿を公開すると、交際事務の儀礼の趣旨及び交際事務の目的を損なうおそれがあるというべきである。

③ 九号の「おそれ」の立証について

イ 本件条例六条一項九号の「監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価額、試験の問題及び採点基準その他県又は国等の事務事業に関する情報」を公開することにより、当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずる抽象的危険があるかどうかは、平素から当該事務事業を所掌し、その内容に精通している実施機関が諸般の事情を具体的かつ総合的に検討、考量して行う判断に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することはできないところであるから、右情報に本号に定める非公開事由が存するかどうかの認定は、実施機関の自由裁量に属するものというべきである。したがって、裁量処分についての違法事由の存在は、原告において主張立証責任を負うものと解するのが相当であるところ、原告は、違法事由に該当する具体的事実を何ら主張立証しない。

ロ 仮に、対象公文書が本号に定める要件に該当することについての主張立証責任を被告が負うと解すべきであるとしても、「おそれ」があるという将来予測の合理性が立証された場合には、被告はその主張立証責任を果たしたというべきである。そして、右将来予測の合理性の立証のためには、

a 右将来予測の前提ないし基礎とした個々の具体的事実及び

b 右具体的事実が存在すれば、特段の事由がない限り「おそれ」を生ぜしめるという経験則

が立証されなければならない。

ところで、aの具体的事実は、対象公文書に記載されている交際事務に係る情報であるから、右情報それ自体を主張・立証することは不可能であり、bについては、前記②ロのとおりそのような経験則があることは明らかであって、しかも右経験則は日常的常識に属するものであるから、本来その存在について証明の必要はないところである。したがって、被告は、対象公文書に記録された情報が本号に該当することについての立証責任を果たしたものというべきである。

(3) 本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項二号該当性

① 二号は、公開を原則とする公文書公開制度の下においても、個人のプライバシーは最大限保護する必要があること、個人のプライバシーの概念は法的に未成熟であり、その範囲も個人よって異なり類型化することが困難であることから、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得るものが記録されている公文書は、ただし書イ、ロ、ハに該当するものを除き、原則として非公開とすることとし、個人のプライバシーの十分な保護を図ったものである。

二号にいう「特定の個人が識別され得るもの」とは、公文書に記録されている情報によって特定の個人が直接識別できるもののほか、他の情報と組み合わせることにより特定の個人を識別できる情報をも含むと解すべきである。

②イ 本件現金出納簿に記録されている個人情報で本件処分において非公開とされた部分は、それが公開された場合には、直ちに特定の個人が識別できるもの(支出の相手方に関する記載)か、又は他の情報と合わせることによって容易に特定の個人が識別できるもの(支出項目の細目及び香料・祝い金以外の支出における支出項目の種別に関する記録)であるから、本件処分において非公開とされた部分に記録された情報は、いずれも本号本文に該当する。

ロ また、右非公開部分は、次のとおり本号ただし書イないしハのいずれにも該当しない。

a 非公開部分には、何人でも閲覧できることを定めた法令又は条例は存在しないから、本号ただし書イには該当しない。

b 本号ただし書ロに該当する情報とは、公表することを目的として作成した情報、個人が公表されることを了承し、又は公表されることを前提として提供した情報、当該個人が既に公表している情報、公にすることが慣行となっており、公表しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがないと認められる情報をさすが、前記非公開部分に記録された情報はそのいずれにも該当せず、したがって、本号ただし書ロに該当しない。特に、本件現金出納簿の香料に関する非公開部分は、本号ただし書ロに該当しない。すなわち、香料の支出に関する情報は、公にすることが慣行となり得ない情報であり、プライバシーの範囲内の情報であることは疑問の余地がないというべきである。

c 本号ただし書ハの趣旨は、許可、免許、届出等の法令又は条例に基づく行政処分及び行政上の手続が、その性質上一般県民生活に少なからぬ影響を及ぼすものであることから、これらの行為に際して実施機関が作成又は取得した情報(個人に係る許認可事務に関する情報)であって、県民の生活、身体、健康、財産等を危害から保護し、公共の安全を確保するために公益上公表すべき積極的理由が認められるものについて、公開することとしたものであるところ、前記非公開部分に記録された情報がこれに該当しないことは明らかである。

③ 原告は、プライバシーの侵害に対して法的な救済が与えられるために公開された内容が具備しなければならない要件として三要件を挙げるが、右要件の正当性には疑義がある上、第一に香料や見舞金支出における個人の死亡や疾病は本人にとって私生活上の事実であることは自明の理であること、第二に知事との交際の事実及びその程度を他人に知られることが本人にとって不満・不快の念を覚えることからすると、本件現金出納簿の記録に対する原告の認識と評価には重大な誤りがあるというべきである。

(4) 本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項三号該当性

① 三号は、法人等団体に関する情報や個人の事業情報が公開されることにより、これらの者の正当な利益が害されることを防止しようとするものであり、「正当な利益を害すると認められるもの」とは、団体の生産・技術・販売上のノウハウ、経理・人事等の内容で公開することにより団体の事業活動が損なわれると認められる情報及び団体の名誉侵害、社会的評価の低下となる情報のほか、結社の自由を保障し、組織秩序を維持するため社会通念上、団体内部事項とされる情報のように、公開することにより団体の自治に対する不当な干渉となる情報等、必ずしも「競争上の地位」という概念で捉らえられないものを含むものである。

② 本件現金出納簿に記録された支出情報のうち、賛助金に関する情報は、本号本文に該当するものである。知事の交際する団体の中には類似の事業活動を行っている複数の団体があるところ、これら同種の団体に対する賛助の金額は、当該団体の事業活動状況や当該団体との交際の必要度、重要度等を考慮して決定した結果であり、団体ごとに異なるものである。したがって、前記賛助金の額は、当該団体にとって事業活動上の秘密であり、賛助金に関する支出情報が公開された場合には、団体ごとに賛助金の額が比較されることとなり、類似の事業活動を行っている他の団体よりも賛助金の額が少ない団体は、これを根拠として知事以外の賛助者から賛助を拒絶され、又は賛助金を減額されるなど、その自由な交渉が妨げられる事態を招来することは容易に予測し得る。なお、賛助金に関する支出情報が、本号ただし書に該当しないことは明白である。

2  本件証拠書類は本件条例二条二項の公文書に当たるか、また、公文書に当たる場合には六条一項の公開しないことができる公文書に当たるか。

(一) 被告の主張

(1) 本件条例二条二項で規定する公開の対象となる公文書とは、「実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及びスライド(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁、閲覧等の手続が終了し、実施機関が管理しているものをいう」とされている。ところが、本件証拠書類は支出に当たって履践すべき「決裁・閲覧等の手続」が予定されていない。すなわち、本件証拠書類は、交際費の支出手続の中で決裁されず、また、完結する文書中に包含されることなく、秘書課長のもとで事実上保管されるに止まるものであるから、本件条例二条二項にいう「公文書」に該当しないというべきである。

(2) 仮に、本件証拠書類が「公文書」に該当するとしても、それらに記録された主な情報は、本件条件例六条一項九号に該当し、その多くは同項二号及び三号に該当するから、本件証拠書類は、公開しないことができる公文書に該当する。

(二) 原告の主張

(1) 本件証拠書類は、総務部長通知に基づいて、資金前渡員により保管され、別途整理されているものであり、本件条例二条二項にいう実施機関の職員が職務上取得した文書であることは明らかである。

また、同項は、決裁・閲覧の手続に付されたものについては、その手続が終了するまでの間は、公文書公開の対象としないところを定めているに過ぎず、決裁及び閲覧という形式にこだわず所定の手続が終了したことを求めているに過ぎない。

したがって、本件証拠書類は、それ自体、決裁及び閲覧の手続に付されないものの、本件現金出納簿への記帳及び資金前渡金精算書の決裁をもって所定の手続が終了したと認められるものであるから、公開の対象となる公文書に含まれる。

(2) 本件証拠書類に記録された情報についても、前記1(一)で述べたと同様の理由で本件条例六条一項二号、三号及び九号に該当しない。

3  部分公開(本件条例六条二項)の要否

(一) 被告の主張

(1)① 部分公開の要件

本件条例六条二項の部分公開の要件である「容易に分離することができる」場合とは、分離することが物理的に困難でなく、かつ時間、経費等から判断して容易である場合をいい、「請求の趣旨が損なわれない」こととは、分離して公開しても請求の目的を達成することができる場合をいう。

② 本件現金出納簿における公開可能情報の範囲

公開可能情報の範囲を定めるに当たっては、そこに内包される情報の性格に基づいて考えるべきであるところ、本件現金出納簿が内包する情報の性格は、支出に関する部分のみについていえば、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの間に、

イ いつ

ロ 誰に対して

ハ 何の名目で

ニ 誰が(知事、副知事のいずれか)

ホ いくらの金額を支出したか

が記載されていることから、平成元年度において知事及び副知事が交際事務に支出した費用の明細ということになる。

右のような性格の情報の公開を求める場合、その情報公開の目的は、自ずから知事及び副知事の交際費の支出が適正か否かを判断するための資料を得ることであるから、本件条例六条二項にいう「分離により公文書の公開の請求の趣旨が損なわれる」か否かは、かかる公開請求の目的を達し得るか否かによって判断されるものであって、右目的に何ら資することのない断片的な情報の部分公開は同条項の予定するところではないというべきである。そして、知事及び副知事の交際費の支出の適否を判断するためには、各支出毎に具体的な相手方との関わりにおいて、支出の要否、内容等を総合的に斟酌しなければならないから、結局、本件現金出納簿における公開可能情報は、右イないしホの各情報をもって構成される支出一件毎の記載(本件現金出納簿の中の支出に係る一行毎)ということに帰着する。

③ 本件証拠書類の公開可能情報の範囲

本件証拠書類は、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの間に支出された交際費の裏付けとなる資料であるから、これらには原則として、本件現金出納簿の各行の記載の、

イ いつ

ロ 誰に対して

ハ 何の名目で

ニ 誰が(知事、副知事のいずれか)

ホ いくらの金額を支出したか

が記載されており、そこに内包する情報もまた、本件現金出納簿と同様平成元年度において、知事及び副知事が交際事務に支出した費用の明細ということになる。

そして、原告が、本件証拠書類の公開を求める目的は、前記(2)のとおりであって、知事の交際費の支出の適否を判断するためには、各支出毎に具体的な相手方との関わりにおいて、支出の要否、内容等を総合的に斟酌しなければならないから、結局のところ、本件証拠書類における公開可能情報の範囲も、右イないしホの情報が記録されている一枚毎の「本件証拠書類」ということに帰着する。

④ 本件現金出納簿及び本件証拠書類の部分公開の要否

イ 部分公開の要否の判断基準

前記②及び③のとおり、本件現金出納簿及び本件証拠書類の公開可能情報は、いずれも原則として支出一件毎に画されるから、その各部分の公開の要否はこれらの単位毎に判断すべきことになる。

そして、交際費の明細を記載した公文書のうち、交際の相手方(個人、法人を問わない。)が識別され得るもの(公文書そのものに相手方の名称等が記載されている場合だけではなく、一般人が通常入手し得る関連情報と照合することによって相手方が識別され得るようなものも含まれる。)は、それを公開すると、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が失われるおそれがあると認められるから、公開しないことができる文書に該当するものと解すべきである。

したがって、本件現金出納簿の各行及び本件証拠書類の一葉の中に、個人及び法人を問わず交際の相手方の名称等が記載されているものや、相手方の名称等が記載されていないものでも、一般人が通常入手し得る関連情報と照合することによって相手方が識別され得るようなものについては、すべて非公開となる。

ロ 本件現金出納簿及び本件証拠書類の各支出情報の具体的検討

本件現金出納簿には、合計九八三件の支出情報が記載されているが、このうち、右①の基準にしたがって公開可能情報となるのは、別紙(2)「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六の支出情報六件である。

また、右九八三件の支出情報の裏付けとなる本件証拠書類のうち、同様に公開可能情報となるのは、右六件に対応する六件である。

(2) 仮に、本件現金出納簿及び本件証拠書類の情報単位が、右②及び③の各イないしホ記載部分であるとする場合には、部分公開の範囲は、次のように解すべきである。

① 交際の相手方及び支出項目の細目

交際の相手方は、これを公開すると知事の交際費支出の範囲を明確に公表することとなり、交際事務の目的を損なうし、支出項目の細目についても、支出年月日と併せることにより交際の相手方が特定されるので、交際の相手方と支出項目の細目は、部分公開を考慮する余地はない。

② 支出項目の種別、知事・副知事の別及び支出金額

イ 香料及び祝い金の支出金額には、相手方によって多寡があり、知事及び副知事の裁量が広く働いているため、金額にどのような段階があるかを公開することは、個々の支出対象者が明らかにされない場合においても、交際事務全体における当該相手方に対する評価の位置付けを明らかにすることとなり、交際の儀礼の趣旨を損なうのみならず、相手方に失望又は不満の念を抱かせ、ひいては知事及び副知事の交際事務の硬直化を招き、交際事務の目的が損なわれるおそれがある。

知事・副知事の別は、相手方との交際の深浅を示すものであり、公開すると、支出金額の場合と同様の事態が生ずることが考えられる。

なお、年月日と支出項目の種別(香料又は祝い金の別)については、支出の相手方及び支出項目の細目とその支出金額や知事・副知事の別が公開されない以上、これを公開しても、交際事務の目的を損ない、又は交際事務の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれはないので、部分公開が可能である。

ロ 香料及び祝い金以外の支出は、一年間の交際実績が合計一〇二件と極めて少数で交際費支出の範囲の点に知事及び副知事の裁量が強く働くものであるところ、個々の支出項目の種別を公開すると種別ごとの件数が少数であるため、支出年月日と併せることにより、容易に交際の相手方を特定することが可能であり、交際の範囲が明らかになる。そのため、交際の範囲外の関係者の不満・不信の念を生じさせるばかりでなく、それら関係者からの加入・募金・協力の勧誘活動を誘発し、特に会費及び賛助金においては、交際の範囲外の者はもとより、交際の範囲内の者への対応(前者については、各種会合への出席要請、後者については、増額要請への各対応)にも迫られ、限られた予算の範囲内で交際事務を行うことが困難となり、知事・副知事の交際事務の硬直化を招き、交際事務の目的が損なわれるおそれがある。

なお、年月日、知事・副知事の別及び支出金額については、支出の相手方及び支出項目の細目とその種別が公開されない以上、これを公開しても、交際事務の目的を損ない、又は交際事務の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれはないので、部分公開が可能である。

(二) 原告の主張

(1) 本件条例六条二項の解釈

本件条例は、公文書の原則公開の理念に基づき制定されているところ、同条項は、右理念に基づいて、適用除外事項に該当する部分を分離して適用除外事項に該当しない残りの部分を公開することとし、可能な限り公文書を公開しようとする趣旨を規定したものである。

右趣旨から考えると、具体的な公文書のどの部分が非公開情報に該当するかを判断するためには、「非公開事由に該当する情報に係る部分」を可能な限り小さい範囲に限定した上で、①その部分と他の部分とを容易に分離できること、②分離により公開の趣旨が損なわれないことという要件を満たすか否かを検討すべきである。

したがって、情報を「単位」という概念でとらえ、「単位」毎に公開・非公開を決するという考え方は、「単位」の大きさの取り方によりいかようにも非公開の範囲を広げることができ、情報公開制度の趣旨を没却する危険があり、極めて不当である。

このことは、公文書公開の実例を見ても、情報を単位に分離し、単位毎に公開・非公開を決するということはされておらず、むしろ、公開に支障が有ると思料される部分だけを隠した写しを作成し、その写しをすべて公開するという運用がされていることからも明らかである。

(2) 本件現金出納簿の部分公開について

原告は、本件現金出納簿の全部公開を求めるものであるが、仮に相手方を特定できる部分が非公開情報に該当するとしても、「摘要」欄のうち相手方氏名の書かれた部分のみを非公開とすれば足り、その余は全部公開されるべきである。

まず、部分公開の要件たる①の要件については、本件現金出納簿を「支出単位」毎に分離することも、年月日欄、摘要欄等の各欄あるいはその中の一部分を分離することも、その方法は同じであって、難易度は全く変らない。したがって、「支出単位」毎に分離することが右要件を満たすとするならば、右のようにさらに細分化して分離することも右要件を満たすものといえる。

また、②の要件については、本件現金出納簿の年月日欄、摘要欄、受欄、払欄、残欄に記載された事項は、それぞれ独立した意味を持ち、したがってまた「情報」としての価値があり、さらに、摘要欄は支出の相手方、支出項目の細目、支出項目の種別、知事・副知事の別に分離可能であり、それらも個別に情報としての価値がある(例えば、同じ目的の支出でありながら、金額が突出しているものがないか等を読み取ることができる。)したがって、これら一つ一つを情報の単位とすることも可能であって、支出単位をもって情報の単位とする根拠は全くなく、しかも、支出単位毎に公開・非公開を決するとすると、現に公開されている部分についても非公開とされてしまい、その不当性は明らかである。

(3) 本件証拠書類の部分公開について

右(2)で述べたとおり、本件証拠書類に記載された金額、年月日、作成者、宛先は、それぞれ独立した意味を持ち、それぞれを情報の単位と考えることもできるにもかかわらず、個々の証拠書類を一つの情報の単位と考え、個々の証拠書類について公開・非公開を決するという考え方は、非公開の範囲をいたずらに広げるものであって、極めて不当である。

第三  争点に対する判断

一  本件訴え中、本件証拠書類について平成二年八月二日付けでされた非公開決定の取消しを求める請求に係る部分は適法か(本案前の争点)。

1  原告は、本件公開請求において本件証拠書類の公開を請求したか。

証拠(乙二、乙一四の一及び二、証人伊藤敏雄(第一回)、同磯貝美津男)と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件条例に定める公文書の公開及び情報提供に係る事務については、公文書公開事務取扱要領が定められており、右要領には、対象公文書の特定に関しては、公開窓口において請求者との応対により請求の内容を確定した後、文書分類表、ファイル管理表等により所管の課室等を検索し、当該課室等と連絡をとった上で、公開請求に係る公文書を特定するものとされていること。

(二) そして、本件公開請求に際して本件公開請求書を受け取った県民サービスセンターの窓口担当者は、担当課である秘書課に連絡をとってその指示に基づき本件公開請求の対象文書を知事交際費に係る支出金調書、資金前渡金精算書及び現金出納簿と特定して、本件公開請求書の備考欄(請求者において記載する必要はない旨記載されている。)の「公文書の題名」欄に「知事交際費に係る支出金調書、知事交際費に係る資金前渡金精算書、知事交際費に係る現金出納簿(以上いずれも平成元年四月〜二年三月)」と記載したこと。

(三) その後、窓口担当者は、右文書名を原告に告げるとともに、右(二)のように備考欄に記載し本件公開請求書の写しを控え用として原告に交付したが、原告との間で対象公文書の特定についてのやりとりはそれ以外特になかったこと。

そこで、右事実に基づいて検討するに、前示のように、本件公開請求書には、公開を求める公文書として、県知事交際費の使途についての細目を記載した一切の文書と記載されているところ、本件証拠書類は、交際費の支払証拠書類としての性質上、知事又は副知事の交際費支出に関する支出年月日、支出項目の種別、支出項目の細目(交際費支出の相手方を含む。)、支出金額等の情報が記載されているものと認められるから、県知事交際費の使途の記載された文書として、客観的には右記載における「一切の文書」に含まれていたというべきである(支払証拠書類が公文書に当たることは、後に判示するとおりである。)

そして、備考欄に書かれた具体的公文書の特定は、もっぱら窓口担当者から連絡を受けた秘書課において行ったものであって原告の具体的な関与のもとに三種類の文書が特定されたものではないこと、原告との間で対象文書を右三種類の文書に限定する旨の明示的な確認がされていないこと、その文書名が記入されたのは担当者が記載する備考欄であって請求者の記載欄ではないことからすれば、原告がその文書名を告げられて何ら異議を述べず、また、請求書の控えをそのまま持ち帰ったとしても、それによって、原告において本件公開請求の対象を右三文書に限定したとすることはできない。

なお、被告は、原告が本件公開請求書とともに提出した要望書(乙一六)の内容からして交際費の使途を記載した文書の内容の真偽をチェックするための証拠書類はこれに含まれないと主張するが、右要望書の記載内容は対象公文書の範囲を限定する意味を持つものと理解することはできないから、被告の右主張は採用できない。

2  本件処分において本件証拠書類の非公開処分はされたか。

まず、本件条例八条は、非公開決定は理由を付記した書面によりしなければならない旨規定しているところ、証拠(乙四、五、六)によれば、被告が平成二年八月二日付けで原告に送付した公文書公開決定通知書の公文書の題名欄には「知事交際費に係る支出金調書(平成元年四月から二年三月まで)」「知事交際費に係る資金前渡金精算書(平成元年四月から二年三月まで)」とのみ記載されており、また、同日付けで送付された非公開決定通知書の公文書の題名欄には「知事交際費に係る現金出納簿(平成元年四月から二年三月まで)」とのみ記載されていたことが認められる。

右事実と1において判示した事実によると、被告担当者においては、本件公開請求の対象とされた公文書を平成元年四月から平成二年三月までの知事交際費に係る支出金調書、資金前渡金精算書、現金出納簿と特定・理解していたため、本件処分においては、本件証拠書類に対する非公開決定をしなかったものと認められる。

原告は、公開を求めた文書に本件証拠書類が含まれている以上、本件処分において本件証拠書類について実質的に非公開決定がされたものと解すべきであると主張するが、右に認定した事実からすると、公開を求めた文書に本件証拠書類が含まれていることから直ちにその非公開の決定も本件処分において実質的にされているとまでいうことはできない。

3  したがって、本件訴え中、本件証拠書類につき平成二年八月二日付けで非公開決定がされていることを前提として、その取消しを求める請求に係る部分は不適法である。

二  本件現金出納簿は、本件条例六条一項の公開をしないことができる公文書に該当するか。

1  本件条例における公文書公開請求権の性質及び非公開条項の解釈について

本件条例の定める公文書公開請求権は、間接的には憲法二一条に基礎を置く知る権利に奉仕するものではあるが、知る権利はそれ自体としては抽象的な権利である上、憲法二一条の規定に基づいて直接具体的請求権が発生するものではないから、本件における公文書の公開請求権は愛知県の公文書の公開について定めた本件条例によって初めて認められた権利というべきである。

そして、本件条例を適用するに当たっては、他の法令の場合と同様、本件条例の目的(第一条)並びに解釈及び運用の基本(第三条)を前提として、その規定の文言の意味するところを合理的に解釈すべきことになる。

原告は、非公開条項については厳格かつ限定的に解釈すべきであると主張するが、本件条例の解釈の基本は本件条例第三条において定められているところであって、それを超えて、特に厳格かつ限定的に解釈すべきであるとすることはできない。

2  本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項九号該当性について

(一)(1) 本号の趣旨は、行政取締りの実施要領や試験問題等のように、該当事務事業の内容及び性質からみて公開することにより当該事務事業の目的を失い、又は公正、円滑な執行ができなくなり、ひいては県民全体の利益を失うこととなる可能性のある情報を非公開とするところにあると解される。

そして、本号は、その適用の対象となる情報を、

「① 監査、検査、取締り等の計画及び実施要領

② 争訟又は交渉の方針

③ 入札の予定価格

④ 試験の問題及び採点基準

⑤ その他県又は国等が行う一切の事務事業に関する情報

であって、公開することにより、当該事務事業若しくは同種の事務事業の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれのあるもの」

と規定しているのであるから、⑤の情報が①ないし④の情報とは別個の情報であることはその文言上明らかであり、また、⑤の情報について、「県又は国等が行う一切の事務事業」との文言が使用されていることからして、前示のような県知事の交際事務がここにいう事務事業に含まれることは明らかである。

(2) そして、前記第二の二6(一)によれば、本件現金出納簿に記録された情報は、知事等の交際費(香料、祝い金、会費及び賛助金など)に関する支出年月日、支出の相手方、知事・副知事の別、支出金額などの具体的内容であるから、「その他県又は国等が行う一切の事務事業に関する情報」に該当するものと認められる。

(二) そこで、次に、本件現金出納簿に記載された情報が、本号に定める「公開することにより、当該事務事業若しくは同種の事務事業の目的の達成が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれのあるもの」との要件に該当するか否かにつき検討する。

(1) 本号の「おそれ」の意義について

本号にいう「おそれ」とは、その文言からしてそのような事態の生ずる可能性のあることを指し、その可能性が認められれば当該情報を非公開とすることができることを定めたものというべきである。

これに対し、原告は、本号の規定する「おそれ」については厳格かつ限定的に解釈すべきである旨主張するが、そのような解釈をすべき理由のないことは前記1において判示したとおりであり、また、右「おそれ」の存否を交際事務自体ではなくそれによって確保しようとする本来の事務事業によって判断すべきであるとする点も、本号の文言に反する解釈であって採用できない。

(2) 交際事務に関する情報について右「おそれ」があるか

前記第二の二5(一)において判示したように、知事又は副知事の行う交際事務は、儀礼的側面を有するものではあるが、同時に交際を通じて知事又は副知事が県の代表者として広範かつ多数の関係者と良好な関係を形成・維持することにより、県の事務事業の円滑な執行を確保し、ひいては県民全体の利益を図ることを目的とするものであるところ、交際事務に関する情報に含まれる交際の相手方を識別し得る情報が明らかにされると、その公表、披露がもともと予定されている場合は別として、交際の相手方のプライバシーを侵害し、あるいは他の具体的な交際の相手方との間で知事等からの評価・位置付けを比較することが可能となり、その結果交際の相手方とならなかった者(又は団体)、あるいは交際の相手方となったがその評価・位置付けの低かった者(又は団体)に対し不快、不平等の念を惹起させ、ひいては知事等とこれらの者などの関係者との間にあつれきを生み、その信頼を失うこととなって、交際事務の目的である将来にわたっての良好な関係を形成・維持することができないこととなるおそれがあるというべきである。さらに、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である知事又は副知事が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事又は副知事においても前記のような事態が生ずることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくなれることも考えられ、知事又は副知事の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるというべきである。

したがって、交際事務に関する情報は、その公表、披露がもともと予定されている場合は別として、交際の相手方を識別し得るものである限り、本号に該当するものといえる。

なお、交際の相手方を識別できない場合でも、同種の交際費がすべて公開された場合には、その基準が明らかになり、交際の相手方となった者において公開請求をした場合などには、自己が全体の中でどの程度に評価されたかが判明する可能性もあって、そのような場合の公開が知事の交際事務に影響を与える可能性がないとはいえない。しかしながら、前示のような本件条例三条に規定する解釈及び運用の基準からすれば、特段の事情のない限り、交際の相手方が識別し得る場合についてのみ、右「支障を生ずるおそれ」があると解するのが相当である。そして、本件においては、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

(三) 以上判示したところを前提として、本件現金出納簿について見るに、本件現金出納簿に記録された交際事務に関する情報には、相手方の氏名等交際の相手方を識別し得るものが含まれており、しかも、弁論の全趣旨によれば、それらは公表、披露することがもともと予定されたものではないと認められるから、その情報については、本件条例六条一項九号に該当することになる。

3  本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項二号該当性について

(一)  本号の趣旨は、基本的人権の尊重という観点から、個人のプライバシーを最大限保障する必要があり、しかも、プライバシーの概念及びその範囲自体未だ明確となっていないことから、いわゆるプライバシーに限定することなく、個人に関する情報であって特定の個人が識別され得る情報については原則としてこれを非公開とする旨規定したものと解される。そして、右趣旨、本号の文言及び本件条例三条が「個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない」旨解釈及び運用の基本を定めていることを考慮すると、「特定の個人が識別され得るもの」とは、公文書に記録されている情報のみによって特定の個人が識別できるもののほか、他の情報と組み合わせることにより特定の個人が識別され得るものをも含むと解するのが相当である。

原告は、本号の情報を、「プライバシーの権利を侵害する情報」として原告の掲げる三要件を満たすものに限定して解釈すべき旨主張するが、そのような限定解釈が本号の文言に反することは明らかである上、プライバシーの権利は「自己の存在に関わる情報を開示する範囲を自ら選択する権利」として、これを広く解する見解も存在するのであって、個人情報は、いわゆる「私生活をみだりに公開されない権利」といった狭い範囲でのみ保護されるべきものとはいえないから、右主張は採用できない。

(二) そこで、本件現金出納簿に記録された情報について検討するに、前記第二の二6(一)のとおり、その情報の中には特定の個人が識別され得る情報が含まれているので、その情報は本号に該当するものと解される。

なお、これら交際事務に関する情報が本号ただし書のロ、ハに当たらないことは、その文言に照らし明らかである。

4  本件現金出納簿に記録された情報の本件条例六条一項三号該当性について

本号の趣旨は、法人その他の団体や個人の営む事業活動の自由を保障する必要から、事業活動に係る情報で公開することにより当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されるものが記録されている公文書を非公開とするところにあるものと解される。

そして、前記第二の二6(一)によれば、本件現金出納簿に記録された交際事務に関する情報は、知事等の交際費の支出年月日、支出の相手方、支出項目の細目、支出項目の種別、知事・副知事の別、支出金額などの具体的内容であって、そのうち交際の相手方を識別し得る情報は、知事等からの評価・位置付けに関する内容(支出金額の多寡、品物の内容・数量、支出に関する知事・副知事の別)が含まれるものといえ、これらは、法人その他の団体又は個人の事業活動に関する情報であって、その社会的評価に関わるものであるから、公表、披露することがもともと予定されている場合等は別として、これを公開することは、支出の相手方である当該法人等又は当該個人の正当な利益を害するものと認められる。

そうすると、本件現金出納簿に記録された交際事務に関する情報のうち賛助金に関する情報で交際の相手方が識別し得るものは、本件条例六条一項三号に該当する(なお、右情報は、同号ただし書には該当せず、また、もともと公開を予定しているものであるとも、その性質上公開すべきものであるともいえない。)。

5  以上判示したところによると、本件現金出納簿は、本件条例六条一項に規定する公開しないことができる公文書に当たることになる。

三1  本件証拠書類は、本件条例二条二項にいう「公文書」に当たるか。

本件条例二条二項は、この条例において「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及びスライド(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁、閲覧等の手続が終了し、実施機関が管理しているものをいうと定義している。そして、本件証拠書類が実施機関の職員において職務上作成し、又は取得した文書であることは明らかである。また、同項は、決裁、閲覧等の手続が終了する前の文書を公開請求の対象となる公文書から除いているが、それは、決裁、閲覧等の手続が終了していない段階、すなわち事案が未処理の段階にある文書については、事案の適正な処理のために未だ公開に適さないと考えられるからであり、そのような文書も裁決、閲覧等の手続が終了すれば公開請求の対象となるのである。そして、決裁、閲覧等の手続の終了した文書を公開しながら、決裁、閲覧等の手続が予定されていない文書を公開の対象から除外すべき合理的理由はないから、同項は、決裁、閲覧等の手続の予定されていない文書については、その終了を要件とせず、事案処理のための使用が済めばその段階で公開の対象となる公文書に含める趣旨の規定であると解するのが相当である。

前示のように、本件証拠書類は、総務部長通知により、資金前渡金精算書に添付して出納長(又は出納員)に提出するという手続を経ないで、一括資金前渡員において保管し、支出の目的、支出金額、相手方等を明らかにできるよう別途整理しておくものと定められているところ、本件異議決定の時点では既に当該資金前渡金の精算手続は終了しているのであるから、当該事案処理のための使用は終了しているものと認められる。

したがって、本件証拠書類は、本件条例二条二項に規定する公文書に該当する。

2  本件証拠書類に記録された情報の本件条例六条一項二号、三号及び九号該当性について

本件支払証明書に記録された情報は、本件現金出納簿に記録された情報、すなわち、支出の相手方、支出年月日、支出項目の種別、支出項目の細目、支出金額等の交際費の支出に関する情報であるから(第二の二6(二))、本件現金出納簿について述べたところと同様の理由で(前記二2)、本件条例六条一項二号、三号又は九号のいずれかに該当する(本件支払証明書は、複数の文書と認められるところ、後に判示するように、その各支払について、その記載内容等から交際の相手方が識別できるものと認められるので、各支払証明書には、右のいずれかの情報が含まれているものと認められる。)。

また、本件領収書のうち、交際の相手方が直接発行したものについては、その領収書としての性格上、少なくとも発行の年月日、金額、その相手方の氏名等が記載されているものと認められるから、容易に関連情報を収集し得るし、また、その関連情報と照合すると、交際の相手方を識別し得るものと考えられる。したがって、これらの領収書については、右のいずれかの非公開情報が含まれていることになる。

しかしながら、交際の直接の相手方ではなく、例えば、物品を購入して交際の相手方に贈与した場合における当該購入先の領収書のように、第三者が発行した領収書については、それに購入品の届け先等として交際の相手方の氏名等が備考欄に記載されているといった特段の事情のない限り、そこに交際の相手方を識別し得る情報が記録されているとすることはできない。

そして、本件においては、第三者発行の領収書について、どのような特段の事情があるため交際の相手方が識別し得るかについては、具体的な主張立証がない(乙第二七号証には、領収書等の記載内容の中には、現金出納簿に記載されている支出情報が最低限内包されている旨の記載があり、証人伊藤敏雄(第二回)はこれに符合する供述をするが、第三者発行の領収書については、採用することはできない。領収書を番号により特定した上、事情を類型化し、それぞれがどの類型に該当するかを主張立証する必要がある。)。

したがって、本件領収書については、交際の相手方が直接発行したものを除き、本件条例六条一項二号、三号又は九号に該当する情報が記録されているとすることはできない。

四  部分公開(本件条例六条二項)の要否

1  非公開情報に係る部分とその余の部分との分離の方法について

(一) 本件現金出納簿について

前示のように、本件条例六条二項は、部分公開の要件として、非公開情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に分離することができること、その分離により公文書公開の請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときという二つの要件を定めている。

そこで、本件現金出納簿について見るに、前示のような非公開情報とされるのは、相手方を識別し得る支出に関する情報であるから、ある支出に係る情報が非公開情報に当たる場合には、当該支出に係る「年月日」(支出年月日)、「摘要」(支出の相手方、支出項目の細目、支出項目の種別、知事・副知事の別)、「払」(支出金額)の各欄の記載は、当該非公開情報に係る部分に当たることになる。

したがって、本件現金出納簿については、本件条例六条二項の解釈としては、右のような各支出単位(当該支出について記載されている行単位(「残」の欄を除く。))で、その他の部分と容易に分離できるか否かを判断すれば足りることになる。

もっとも、非公開情報に係る部分であっても、記載上相手方が識別できないような状態になっておれば、すでに非公開情報には当たらないから、本件条例一条及び三条を前提とすれば、そのような方法による分離の可能性をも考慮して右要件を検討するのが本件条例六条二項の趣旨により合致した運用であるといえる(特に、本件条例一条及び三条を前提とし、本件条例二条三項、九条、一〇条を見ると、本件のように請求者が費用負担を受け入れて公文書の写しの交付を請求している(乙二)ときは、実施機関は、その写しの交付という方法で当該公文書を公開すべき義務を負担していると解すべきであるから(乙一四の一)、その場合においては、写しを交付する方法により公開することを前提として、右要件の有無を検討すべきことになるというべきである。)。

しかしながら、本件においては、非公開情報に当たる支出についてその一部の記載を抹消して相手方を識別し得なくしようとしても、当該支出に係る情報のどの部分の記載を抹消すれば足りるかの判断は容易ではなく(関連情報をも考慮する必要があるので記載されている氏名等を抹消すれば足りるというものではない。)、また、確実に識別できない状態にするため多くの記載を抹消すれば、当該支出に係る行については前示のような本件公開請求の趣旨が損なわれることになるものと認められるから、各支出の内部においては、その一部の記載を分離して公開すべき要件を具備していないというべきである。

よって、本件現金出納簿に記録された情報は、支出(支出年月日、支出の相手方、支出項目の細目、支出項目の種別、知事・副知事の別、支出金額を合わせた各横一行)単位で分離の要否を検討すべきことになる(支出単位の分離が容易であることについては当事者間に争いはなく、また、その場合には公開請求の趣旨が損なわれないことは明らかである。)。

(二) 本件証拠書類について

本件支払証明書には、前記第二の6(二)のとおり、本件現金出納簿に記録された支出情報がそのまま記録されている。したがって、本件支払証明書の部分公開の要否については本件現金出納簿の場合と同様の取扱いをすべきことになる。

しかし、本件領収書については、その様式と記載事項により、個別的に検討すべきことになる。

2  部分公開の要否

(一) 本件現金出納簿及び本件支払証明書について

本件現金出納簿及び本件支払証明書に記録されている各支出に係る情報については、本件条例六条一項二号、三号又は九号に該当する情報(非公開情報)に該当する可能性があるが、右各号に該当するかどうかは、結局のところ、交際の相手方を識別し得るかどうかにかかっているから、部分公開の要否を判断する上では、本件現金出納簿及び本件支払証明書の各支出について、相手方を識別し得るものであるかどうかを検討すべきことになる。

そして、証拠(乙二七、二八、証人伊藤敏雄(第一、第二回))と弁論の全趣旨によれば、本件現金出納簿には、合計九八三件の支出情報が記録されており、そのうち相手方の氏名等(個人名、法人名)が直接記録されている情報及び新聞、機関誌、テレビ、ラジオ等により入手可能な関連情報との照合により相手方を識別し得る情報は、合計九七七件であり、残り六件(別紙(2)「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六に該当する各支出情報)は、相手方を識別し得ない情報であること、本件支払証明書に記録された支出情報については、同様の検討の結果、全部相手方を識別し得るものであることが認められる。

(二) 本件領収書について

本件領収書のうち、交際の相手方が発行したものについては、その性質上、発行者として交際の相手方の氏名、住所等が記載されているものと認められるところ、その部分や発行者を知る手掛かりとなるその他の部分を除くと、本件公開請求の目的を達成することができないものと認められるから、いずれも部分公開の対象とはならない。

また、本件領収書のうち、交際の相手方以外の者が発行した領収書については、前示のように非公開情報を含んでいるとは認められないので、部分公開の要否を検討する対象とはならない(乙第二八号証の一ないし四、第二九ないし第三四号証と弁論の全趣旨によると、右(一)において判示した相手方を識別し得ない六件の支出情報に対応する証拠書類は、いずれも交際の相手方以外の者が発行した領収書であることが認められる。)。

第四  結論

以上判示したところによると、原告の本件処分の取消請求については、別紙(2)「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六の各支出情報部分(「年月日」、「摘要」、「払」の各欄を合わせた各横一行)を非公開とした部分の取消しを求める限度で理由があり、本件異議決定の取消請求については、本件領収証のうち交際の相手方以外の者が発行した領収書を非公開とした部分の取消しを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、本件訴え中、本件証拠書類に関する平成二年八月二日付け非公開決定処分の取消請求(主位的請求)に係る部分は、不適法であるから、これを却下し、その余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡久幸治 裁判官森義之 裁判官田澤剛)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例